4月23日 どん底
ちょうどUTBでインターンを始めた頃から、どういう訳か考えつくありとあらゆるトラブルが、それもかなり深刻なものばかりが次々に襲いかかってきて、精神的にズタボロ、文字通り「どん底」にたたき落とされたじゅんぺーです。
皆さんはお元気ですか? あー、それはよかった。
考えつくトラブルは一通り出揃ったので、これで打ち止めかと安堵していたら、世の中そんなに甘くなく、今度は考えもしなかったトラブルに打ちのめされています。元々考えが浅いですからね。私に考えつくものなんてほんの表面だけ。どん底にぶち当たったので「少なくともこれ以上落ちることはねーや」と思っていたら、隣でシャベルを持って爽やかな笑顔で穴をさらに深くし続ける悪魔と目が合った、という感じの今日この頃。
私が音楽と同じぐらい情熱を注いでいるのが、コメディ。いつか、1本でいいからコメディ映画の脚本を書くのが夢でございます。そんな私の座右の書がJohn Vorhausが書いた『The Comic Tool Box: How To Be Funny Even If You're Not』。第1章冒頭の「Comedy is Truth and Pain.(コメディとは真実と苦痛だ)」という定義を読んだ瞬間から、彼は私の神です。
もう何度も読み込んだ本なので、すべてのページが完全に頭に入っています。私は、自分の人生そのものもComic Storyだと思っているのですが(彼の言葉を使えば、それが私のComic Perspectiveですね)、典型的なComic Storyとして定義されている9つの段階で言えば、今の私は
5. A monkey wrench is thrown.
6. Things fall apart.
を通過したあとの、
7. The hero hits bottom. (どん底に落ちる)
の段階。このあと典型的なコメディのストーリーは、「主人公はすべてのリスクに立ち向かい、そしてハッピーエンド」という流れになるはずなんですけど……頼みますよ、ほんまに!
することもたくさんあって、どこから手をつけていいか分からずパニックになることも多いのですが、結局1つ1つできることから片付けていくしかありません。
そのためにはまず、1つ1つを「やり始める」しかないのです。何でこうも「やり始める」のが難しいのか?
専門である作曲をするときも、はじめの1音を書くのにヨイショが必要です。できるだけ書き始めるのを遅らせよう、遅らせようととてつもないエネルギーを注ぐのが、典型的な私の作曲のプロセスです。
待っていればいつか完璧なアイデアが浮かぶのだと信じようとします。天からそのうちインスピレーションを得られるはずですから(そうじゃないと困るもん!)、それをひたすら待ち続けるのです。アイデアを得るためにCDを聴きまくり、本を読み、映画を見て、意味もなく散歩し、普段はしないのに凝った料理を作ってみたり、部屋の模様替えをしたり、豆腐1丁を調達に往復2時間かけてモントレーパークにドライブしてみたり。
書き出しを遅らせるためなら、どんな努力も惜しみません。時間をかせぐ方法がなくなれば、わざわざお米を床にぶちまいては後始末に1時間を費やし、ついには辞書を「A」から順番に読み始める有様です。先日なんて、心優しきルームメートのフィンランド人の女の子が、2回も台所の水道のフィルターを外して蛇口を思いっきりひねり、台所中を水浸しにしてくれました。もちろん(?)私が一人で掃除をしましたが、彼女の思いやりに感激いたしました。
そのうち、「これ以上待ったら締め切りに間に合わない!」という限界点に達し、仕方なく書き出します。その後の過程は説明できないのですが、いつもどういう訳か締め切りまでには出来上がっているのです。あんなにも書き出しが嫌で仕方なかったのに、いざ書き終えると、なんでこんな簡単なことを恐れていたのか、と毎回感じます。
もっとも尊敬する作曲家のJerry Goldsmithも、
「The great part of creativity is overcoming fear.(創作の大半は、恐怖を克服することだ)」
という言葉を残しています。
また、大好きな映画批評家Roger Ebertも
「The Muse visits during composition, not before.(ミューズは創作中に現れるのであって、創作前ではない)」
と度々主張しています。
完璧なアイデアを手にするのを待ってから書こうとするから書けなくなるんですよね。逆に、「どんなにくだらないアイデアでもいいから、とにかく何かを書くこと」自体を目的にしてしまえば、随分楽になります。完璧なものを1回目に書くより、どうしようもないものをまず書いて、それを「編集」して行く方がどれだけ楽で、よい結果に結びつくことか。
先のEbert氏は早書きで知られているのですが、著書の中で
「It is not that I write particularly quickly, I think, as that I spend less time not writing.(僕は特別早書きというわけではなく、ただ書いていない時間を減らしているだけだよ)」
と書いています。結局できる人というのは、つべこべ言い訳せずに、まずやってみる、やってみてから考える人なんだと思います。
先の全く見えない状態が続いていますが、そのことについて愚痴っていても、悩んでいても、何にもしなければハッピーエンドは近づいてきませんね。(と言いつつ、天から救いが降ってくることを期待し、毎週宝くじを買っていますが)
座右の書『The Comic Toolbox』には、主人公が自覚している表面的な必要・願望「outer need」と主人公がまだ気づいていないが本当に必要としているもの「inner need」について繰り返し分析しています。私自身もアメリカに来てから10年間、ずっとあるものを求めていたつもりだったのですが、本当に望んでいるものは実は違うのかな、と感じるようになってきました。
「今回のブログは俳句並みに短くする」と宣言したはずが、前回に引き続き、結局長くなりましたね。「頑張ってるな」なんて勘違いしたらダメですよ。これも、本当にやらなければいけないことに取り組むのを少しでも遅らせるための手段の1つなんですから。
私の夢であるコメディの脚本だって、すでにストーリーもキャラクターも出来上がっているのに、実際にはまだ1文字も書いていません。締め切りがないと、なかなかはじめられません。何度も手を伸ばしてしまう『The Comic Toolbox』ですが、そろそろComic Storyの書き方の本を読む代わりに、実際にComic Storyを書き出さなければいけませんね。
ルームメートに『The Comic Toolbox』をどこか分からないところに隠してもらおうかな。
でも、今度はそれを探すことで時間を潰しそうだな。いかん、いかん。

