よるクリ・ニュース
4月6日 モニクリ・ニュース
JBA
3月20日 トーレンスのホリーデーインでJBAの2006年度の総会が行われました。
JBAは南カリフォルニア日系企業協会として会員企業のカリフォルニア州に置けるビジネス環境改善を目的とし、地域、教育支援活動を行っています。
総会では各部会の報告、収支見込の発表が行われました。
また新常任役員の紹介もあり、新会長にはTOYOTA MOTOR SALES USAの松野恒博さんが就任しました。
様々な日系企業の協力によって地域貢献をつづけるJBA今後の活動に注目が集まります。
酒フェステイバル
3月22日、ビバリーヒルズのメリデイエンホテルで世界最大の酒フェステイバルが開催されました。
およそ350種類の日本酒や地酒が紹介されました。
会場には、月桂冠、NISHIMOTO貿易、共同貿易など各社がブースを構え、
それぞれ新商品や人気商品の宣伝に力を注ぎ、来場客に日本酒独特の味わい方や楽しみ方を伝えました。
この催しは、海外の様々な人達にもっと日本のお酒を知ってもらいたいと、
地酒の輸入・配給会社とのビジネス交流の場として行われたものです。
会場にはたくさんの日本酒好きのアメリカ人来場者も試飲を楽しんでいました。
今年は、オープンよりたくさんの人々で会場が埋め尽くされ、フェステイバルは大盛況でした。
アメリカでの、日本酒ブームはますます盛り上がっていきそうです。
ダンススタジオ“ハマ”
公演情報
Spirited Astray ~Asura and Other Dance~
日時:4月13日(金)~4月15日(日)
場所:El Portal Theatre
お問合せ:818-762-0071
編集後記
ヒーローに会ってしまった!2
プロレスラーになりたい!という夢と“自分はヘタレだ!”という
現実を直視したボクは観戦専門のプロレスファンになったのだ。
ボクは20歳になっていた。相変わらずプロレス好きで毎週見ていたのだが自分自身を投影して応援できる選手はいなかった。
ある日テレビを見ていると長身でかっこいいお兄さんが日本人なのにヨーロッパのタイトルを取って凱旋帰国試合を行っていた。
速射砲のようなキックを多様し7種類のスープレックスで大型外人選手をキリキリ舞させている。圧倒的な強さを見せる試合運びにボクはマイッてしまったのだ。
試合が終わった後に彼の略歴と入門時の写真が放送された!
“あの道場でコンテンパンに叩きのめされ半泣きだったガリガリのお兄さんだ!‘
お兄さんは前田明というヨーロッパヘビー級チャンピオンとなって
ボクの前に再び姿を現したのだった!
それから彼の激動の格闘人生に翻弄されるがごとくボクは彼の試合、
彼の行動、彼の語録に傾倒していったのだった!
集合離散を繰り返すプロレス界において時代の寵児として担ぎ上げられ団体経営、ブッキング、プロモーティングをこなしカリスマレスラーとして彼は火の粉を浴び続け、マスコミも騒がせた!
プロレスにイデオロギー闘争を持ち込み、今までプロレスに興味がなかった人々までも彼に注目したのである。
ある日先輩の女優、石田えりさんに食事に誘われた。えりさんが留学した時期色々と情報を提供し留学のお手伝いをしたため、えりさんが気を使ってくれたのであった。数人で席を囲むとお店のドアーが大きな音で開いた!ブルドーザーみたいな大男がノシノシの僕らの前に現れたのだ!
アキラ兄さんだった!
練習後に駆けつけてきてくれた彼はまだ蒸気があがる太い腕でビールのピッチャーを一気飲みしたのだった!
それから朝まで宴会は続きウイスキーのボトルが8本空いた。
明け方、えりさんをタクシーまで送ると“腹減ったな”と
アキラ兄さんは呟くと焼肉屋へ連れていってくれたのだった。
“なんか、えりがいると緊張してあまり酔えなかったな”
とアキラ兄さんは言ったのだった。
ピッチャー5杯飲んでウイスキー8本空にして酔えなかったという
偶然焼肉屋に居合わせたプロレスラーの天竜さんも合流して二次会が始まってしまった!
ボクは天竜さんにガンガン飲まされ意識を失っていた!今でもあの時どうやって家に帰ったのか覚えていない。
後悔するのは親切にしてくれたアキラ兄さんにお礼も言わずに帰ってしまったことだ。
後にボクはお礼の手紙をえりさん経由で渡してもらった。ボクの人生最初で最後のファンレターだったと思う。
来週に続く

