ポキートスパニッシュ
第14回 代名詞の複数形 Nosotros(ノソトロス)私達/Ellas(エヤス)彼女達/Ellos(エヨス)彼等/Ustedes(ウステデス)あなた達 3月9日 O.A.
今週は代名詞の複数形を習いました。
Nosotros (ノソトロス) 私達
Ellas (エヤス) 彼女達
Ellos (エヨス) 彼等
Ustedes (ウステデス) あなた達
(かっこ内の太字を強調して発音してください。)
中南米のスペイン語の場合、túの複数形はustedの複数形と同じustedesですが、スペイン(アンダルシア地方以外)はvosotros(ボソトロス)といいます。
スペイン語豆知識
苗字のシリーズ最終回は出身地です。日本に山田さん、川上さんがいるように、スペイン語にもDel Monte (山)やDel Río (川)等の苗字があります。「Del」は「de」+「el」の略で、英訳すると「from the」となります。他にも街の名前が使われる場合があります。スペインの古都Toledo(トレド)やオペラでも有名な「セビリアの理髪師」のSevillaという苗字をもっている人も沢山います。実を言うとスペインにJapónという姓があります。国名が苗字になるのは珍しく、スペインからすれば極東にあたるわが国、「日本」の国名が姓になっている事を発見した時は私の中の人類学者の血が騒ぎました。すでに何冊もの本が出版されているので、興味のある方は読んでみて下さい。「支倉常長」(五野井隆史著/吉川弘文館)や「支倉常長異聞・海外に消えた侍たち」(中丸明著/宝島社)がお勧めです。
ここでは簡単に説明します。17世紀初頭、伊達藩主正宗が西洋諸国と貿易、宗教、文化などの交流を深めるために支倉常長(はせくら つねなが)を含む数十人の藩士をローマへ送りました。太平洋を渡りメキシコを横断し、大西洋を北上した後、スペインから地中海航海後、藩士達は二年以上もかけ、やっとの思いで1615年11月3日法王パウロ5世に拝謁を賜りました。藩主から預かった親書も奉呈し、めでたしめでたしとハッピーエンド、かと思ったら日本では政情が一変していました。徳川三代目家光公がキリシタン禁止令を下していたのです。帰国すれば打ち首と運命が決まっていたキリシタン侍の数人はスペインに留まり、地元の女性と結婚し、いまでは650人程のスペイン人がJapónの姓を持っています。個人的には、ただ単に綺麗なスペイン人女性に惚れこんで居座ったのではないかと、思うのですが。私も含め、よくありがちな話です。


